特集・企画
2023.11.02
【座談会】オトナリサンが聞く若者のリアル (前編)〜若者のホンネ、大人のホンネ〜
サンカクシャでは、ご寄付やボランティアなどで一緒に若者を応援してくださっている方々を「オトナリサン」と呼んでいます。
サンカクシャでのスタッフと若者の関係は、一見区別がつかないほどフラットです。それでも支援者と被支援者という関係にあり、時に若者がスタッフの期待を感じとって、それに応える発言をしてしまうようなこともあります。一方で、オトナリサンとは、関係性を気にせずに気軽に話せることがあるようです。
そこで今回、普段サンカクキチに来てくださっているオトナリサンと若者が、ざっくばらんに本音で話ができる機会として座談会を開きました。
若者3人(20代前半から半ば)、オトナリサン2人が参加。サンカクシャについて感じていること、変わったこと、子ども時代のこと、大人について思うこと、仕事探しのことなど、オトナリサンが若者にいろいろ聞くだけでなく、若者からも大人の2人に聞きたいことが出てきて、大人と若者の垣根を感じない本音でのトークが展開されました。
若者と大人。無意識のうちに線引きをして、それぞれの立場でものを語ってしまいがちですが、ひとりの人間としての立場を越えた対話が距離を近づけていくことを感じられる座談会でした。そして、そのような関係性を築くことができるオトナリサンがいてくださることは、サンカクシャにとってとても大切なことです。
参加者のご了解を得て、内容の一部を前編・後編に分けてご報告します。
藁にもすがる思いでつながった
小島さん(以下敬称略):私はメディアの記者をしています。オトナリサンとして、また取材者として居場所に時々お邪魔してゲームをしたりして帰るみたいな感じです。今日は、話したくないことは話さなくて結構ですが、思ってることをお話しいただければと思います。よろしくお願いします 。
藤田さん(以下敬称略):私は普段は対人系の仕事をしているんですけど、オトナリサンとして月に何回か居場所に来て、雑談とかポケモンやDSのゲームをしてまったりしています。サンカクシャって実際どんな感じなのかなっていうところはダイレクトには聞いたことがないので、こんな感じっていう話を聞けたらうれしいなと思っています。よろしくお願いします。
小島:最初に、どのような形でサンカクシャとつながったのか、それぞれのきっかけをお聞きできればと思います。
Hさん:私は仕事探しをしていたんですけど、ハードルがいっぱいあって、普通に働くの無理だーと思って、いろいろ検索していたら東京都の「若ぽた」っていうサイトにサンカクシャの紹介があってつながりました。
Kさん:自分は病気を再発して、働けない、どうしようってなって就労移行支援を探していたんですけど、その過程でサンカクシャを見つけたというのがスタートです。
Iさん:自分も似ているんですけど、体調を崩して仕事を退職して、家もなくてどうしようもなくなった時に、荒井さん(代表の荒井)さんのTwitterを見つけて連絡しました。
小島:いろんな支援機関があると思うんですけど、「サンカクシャいいんじゃない?」と思った理由はあるんですか?
Iさん:そういうことが考えなれないくらい切迫していたんで、藁にもすがる思いでつながりました。あんまり深くは考えなかったですね。
仕事をしてる時は寮に住んでいたので、家をどうしようと思っていたところ、シェアハウスもあるってホームページにあったんで、じゃあと思ってつながりました。
Hさん:当時、家と仕事でかなり切迫していて、若ぽた経由でいろいろ当たってた中で、距離とか金銭面も含めて、ここが今のところは合ってそうだなあと。
いい意味でゆるくて楽だな
藤田:サンカクシャの第一印象はどうでしたか?
Hさん:最初に話したのが⼥性スタッフの⽅だったんですが、すごく話を聞いてくれて、気持ちの⾯でもいろいろ聞いて解決策を考えてくれました。今までそういうことってまず無かったので、こういう⼈もいるんだなとか、自分の感覚をわざわざ自分で抑え込まなくても、周りに批判されなくてすむんだなみたいなことを感じました。
Kさん:自分が元々いた仕事の世界がかなり体育会系寄りで厳しかったんで、そっち以外を見たことがほとんどなくて、大人ってそういうもんだとう印象が強かったんです。正直、この時期は記憶があやふやなんですが、その中で覚えてるのが、ここはいい意味でゆるくて今の自分には楽だなという印象です。
Iさん:最初に面談したのが荒井さんと寺中さん(ケース担当)だったんですけど、第一印象は面白い人たちだなです。フラットというかスタッフと若者の壁が薄いなって思いました。出会った時はそれでもちょっと距離感があったんですけど、今はもう距離感がゼロですね。最近、背中たたいてくるようになって、痛いので勘弁して欲しいです(笑)。
藤田:Hさんは最初と今で変わったこととかありますか?
Hさん:私は、自分が悪いみたいなところから抜け出せて、努力に結果が伴うようになったなっていうのと、いい意味で人と距離感を測れるようになってきたかなあと感じてます。
サンカクシャにたどり着く少し前に実家をちゃんと出たんですが、それまでは、いわゆる「自分の身体も省みない」出方を繰り返していて。いろいろ他人の家を転々とする中で、人間的に「悪い」とされる状態が長く続いて苦しみました。ある種の依存症にもなっているし、ふつうの人達と同じ感覚はもう持てない。
それこそ藁にもすがる思いで頼ってた知人とも散々な感じになって、実家を出たのに毎日毎秒今まで人から投げられてきた言葉に襲われて、もうそんなものにやられたくも無いので感覚的にもバチバチしてしんどくて。
それが、サンカクキチにいる時だけ、おさまったりもして、恐怖も強いけど、ある種の安心感をもらいながらクエスト(サポート付きの仕事体験)もさせてもらったりしました。その間にも私のうまくやれなさでいろいろあったんですが、少しづつ人との距離感も掴めてきて、就職面でも、今、就労支援に通っていろんな仕事を探したりができています。
大人は自分たちの考えを押し付けてきた
小島:こういう大人もいるんだみたいなことがあったということですが、これまでの大人像はどういうものでしたか?
Hさん:⼦どもの頃は、⾃分の周りの⼤⼈は主に親と先⽣という感じでしたが、私の感覚を分かってくれることは少ないか、何か失敗や不足、理解の仕方に違いがあると、両親ともども悪く言います。母と私とか、比べられてどちらかが馬鹿にされたりもあります。全体的に人を馬鹿にして下に見て、自分たちの考えや感覚ばかりを押し付けてくる親や教師という印象は強いです。人間なのでいい所もあるんですけど。⾃分⾃⾝の感覚が持てないということがありました。同級生ともうまくいってなかったし。
うちは安定した家族ではなくて、暴⼒沙汰で警察を呼んでも「夫婦喧嘩あるよね」で流されることもよくあって。母と父か、母と私のような構図で、相互に物と言葉をぶつけ合ってました。包丁向けられたりとか。母親と折り合いが悪くて、取っ組み合いの末、首を絞められたこともあったんですけど、私が警察を呼んだ時も、現行犯で確認できてないからって何も。それも⼤⼈に対してのイメージにつながりました。 「誰も助けてくれないし、私の態度がなにか傍から見て気に食わなかった時だけ、私が批判される」みたいな。家庭や学校では、私もまた卑怯な加害者の一人ですらあって。
学校では、反発すると「不良」のレッテルを貼られると思っていたので、表立って反発はできなくて。親と警察で懲りているので、朝から家で何が起きても、友人関係も不安で混乱していても、教師に相談って選択肢すら思いつきませんでした。⾼校⽣の時、いろいろどうしようもなくなって、家を出る過程でも、「じゃあ⾃分が対価に何を差し出すか?」みたいなシビアな状況でした。
Iさん:自分もHさんと似ていて、両親が荒いというか、ケンカを頻繁にしていて、近寄りにくい存在でした。大学に入って実家を出たのですが、大学の先生も冷淡というか、総じて大人って近寄りにくかったですね。サンカクシャに来て、いろんな人と会って、そのイメージはだんだん薄れてきていますが、まだ若干、そう思うところはあります。
大人の人ってどういう風にコミュニケーション取っていくのが最適なのかっていうことが知りたいです。
大人もとっかかりを探っている
小島:こちらへの質問ですね。大人という認識がないまま大人になってしまったみたいな感じだけど。多分干支一回りぐらい違うからむしろこっちも若者にどういうことを聞けばいいんだろうって思うドキドキ感というか、とっかかりを探ろうとする面はあります。日本って先輩後輩文化みたいなのが強く残ってるから、結局こっちが言ったことが権力性を持つというか、指導みたいになるのも嫌だなということを思ったりもしています。
こっちも普通に話がしたいので、人間だから、探り合いみたいなところを通して、「こういうところで話ができるのかな」というところを探していくしかないのかなって思います。
藤田:私も精神年齢中学生ぐらいのまま大人になってしまったなって感じがあります。大人だから若者だからみたいな分け方をするのは寂しいと思いつつも、年が上っていくことでついいらん言葉を言ってしまったらそれは自分が嫌だなって思うので、お互いに、友達じゃないけどちょっとゲームする人とかちょっと一緒にご飯食べる人ぐらいで話ができたら楽なのかな。
今お二人の話を聞いて、お互いにどうしようと思ってるんだなって思いました。「なんか今の言われ方いやだった」っていうことがあれば伝えてもらえるとこちらとしてもありがたいです。
小島:言ってもらった方がありがたいですね。若者から話すのは多分難しいというのを承知した上だけど、そこで許容能力がない大人は、結構ダメな大人というふうに思います 。
自分の内心は最初からさらけ出せるわけではない
Kさん:全員が全員ってわけじゃないですけど、自分の周りには人の話を聞かない人が多かったんです。先生を含めて「俺がこう言ってんだからこうしろ」みたいな人ばかりで。小島さんの言葉を借りるとしたら“ダメな大人”が多かった。だから人に対して最初は基本的に不信感を持って接してしまいます。自分の場合、一定のラインを決めてその接し方をします。それが楽なんじゃないかなと思って。年下でも敬語を使うし、テンプレを決めちゃっています。それが正解かどうかわからないですけど。
Hさん:そのとき起きている⾃分の内面的な状態を表に出さないというのは⾃分もあって。向こうも鉾を投げるつもりはなくても強烈に刺さってしまうことがよくあって、怒鳴りそうになるんです。私も「言っても相手には伝わらない」ってところからなかなか抜け出せないから、なんにせよ辛くて。でもそれで抑えるとまた身体が壊れるか、自分にとってよろしくない行動に自分が持っていかれる。だから、もう無理だってなったらすぐ別のところに動けるように、頼らせてはもらうけど必ずしも信頼してない状態がありました。
最近はそこまでバリアを貼らなくてすむようになって、警戒しなくていいし、私がアドバイスを受けた上で考えることも⽿に⼊れられるようになってきたと思います。
小島:そういう、人を不信感で見るみたいなことは必ずしも悪いことじゃないのかなと思います。自分の内心はそんなに最初からさらけ出せるわけではない。その中で、「出す主導権はこちらにあるんだよ」というのは正常だと思うから。あくまで「この人は信頼できるから自分も話してもいいよ」と、“言わされるんじゃなくて自分から言う”という方向性は大事なことだなとお話を聞いて思いました。
「オトナリサンが聞く若者のリアル(後編) 〜経験を通じて変わっていく〜」に続く
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ライター
水上みさ
広報/ファンドレイジング
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2023.11.02